胆のう炎 [身体障害者]
11月07日夕刻 持病の胆石が胆のう炎になり救急車で近くの病院に運ばれました。
その日は痛み止めをもらい何とか凌ごうとしましたが深夜、汗と痛みで眠るどころか七転八倒の騒ぎでした。
翌朝、再び病院へ
いつもと同じようにエコーとレントゲン検査。
結果は胆嚢の炎症がかなり進んでいて大きな病院 に行かないと手遅れになってしまうかもということで受け入れてくれる病院を探してもらう事になりました。
<埼玉医科大学医療センター>で受け入れてくれると言うのでその日の内に早速病院へ向かいました。
レントゲン・CTなど一通りの検査を済ませ医師のもとに……
胆石で胆嚢の出入り口を塞がれ胆嚢の炎症が進み破裂寸前と言うのですが、そんな事あるのかイナ?
CTに映し出された石は4つです。それも症例も少ないほどの巨石だと言います。

その石が胆のうので出口を塞ぎ、炎症を引き起こしてしまっていると言うのです。
そしてそのまま緊急入院・炎症を止める為の処置手術を受けました。
処置手術は胆嚢に溜まった膿や胆汁を直接注射器で吸い取り胆嚢に管を通し外に出す処置らしいのですが管は2本。
炎症が止まらないと本手術は出来ないといいます。

どうせ胆嚢を切除してしまうのだからどうでもいいと思いますが、若い医師に「お父さん!そんなことしたら、死んじゃうよ」といわれました。
胆嚢がひょうたん型に腫れ上がりCT画像には4つの石が確認できました。
この腫れ上がった胆嚢に脇腹から針を刺し溜まった胆汁とか膿を吸い取ります。
そして入院から4日目の12日昼前、胆嚢切除の本手術を受ける事になりました。
全身麻酔は恐ろしいもので麻酔科の医者が「だんだん眠く……」最後まで言葉を聞くことも無く私は眠ってしまったようです。
遠くの方で「終わったよ~!」…なんとなくそんな声が聞こえたような?
そして身体をゆすられ、一瞬目が覚めたような感じでした。
また意識は遠のき深い眠りに・・・
どの位時間が経ったのでしょうか?
「大丈夫?もう終わったからね」Qの呼びかけに
私は心の中で「大丈夫なわけ無いだろう!」
だんだん意識もハッキリしてくるのと平行して再び激痛が襲ってきます。
無くても良い臓器(盲腸と同じ)とはいえ内臓を切除したのですから痛くないわけがありません。
術後のお腹からはまだ太い管が2本と細い管が1本出ています。
今は縫合も糸を使わずホッチキスのような金具を使うそうです。
太い管が1本取れました。
クシャミや咳など腹筋に力が加わるととても痛いのですが日にちが経つにしたがってその痛みも和らいできました。
入院当初は39度近かった体温も37度前後まで下がってきましたが問題はベッドから離れなくてはならないトイレです。
点滴だけで食事をほとんどして無い私は小用だけなんですがこれが以外と大変です。
私みたいな身障者を病院ではハイリスク患者と言いベットからはなれるときは必ず看護師が付き添います。それがトイレであろうと何処であろうと…
人間って恐ろしいもので若い娘がトイレの中にまで入ってきて私を後ろから支えていてもできるようになるんですね。慣れてきたのかナァ?
病院では毎日新たな入院患者来ます。入院してくる人がいると言う事は退院する人も同じ数だけいると言う事。
私の希望で3食、パン食にしてもらいました。
退院が近づいた日の朝、病院の窓からは富士山が綺麗に見えました。
手前に見えている町は川越の町です 。

私は11月20日(土) 午前 退院しました。
下の写真は今回私を苦しめた胆石です。
執刀医もこれだけ大きく、数も5個と多いのは過去の症例でも数回あったかどうかと驚いていました。
私の左指と比較してください。こんな石が私の胆嚢の出口を塞いでいたのです。

退院後の体力の低下は著しく回復力もあまりありません。
何をやってもすぐに疲れてしまいます。
糖尿病・脳梗塞・脳内出血・胆のう摘出の手術・・・そして私は身体障害者。
さて、この先どうしたものか?
その日は痛み止めをもらい何とか凌ごうとしましたが深夜、汗と痛みで眠るどころか七転八倒の騒ぎでした。
翌朝、再び病院へ
いつもと同じようにエコーとレントゲン検査。
結果は胆嚢の炎症がかなり進んでいて大きな病院 に行かないと手遅れになってしまうかもということで受け入れてくれる病院を探してもらう事になりました。
<埼玉医科大学医療センター>で受け入れてくれると言うのでその日の内に早速病院へ向かいました。
レントゲン・CTなど一通りの検査を済ませ医師のもとに……
胆石で胆嚢の出入り口を塞がれ胆嚢の炎症が進み破裂寸前と言うのですが、そんな事あるのかイナ?
CTに映し出された石は4つです。それも症例も少ないほどの巨石だと言います。
その石が胆のうので出口を塞ぎ、炎症を引き起こしてしまっていると言うのです。
そしてそのまま緊急入院・炎症を止める為の処置手術を受けました。
処置手術は胆嚢に溜まった膿や胆汁を直接注射器で吸い取り胆嚢に管を通し外に出す処置らしいのですが管は2本。
炎症が止まらないと本手術は出来ないといいます。
どうせ胆嚢を切除してしまうのだからどうでもいいと思いますが、若い医師に「お父さん!そんなことしたら、死んじゃうよ」といわれました。
胆嚢がひょうたん型に腫れ上がりCT画像には4つの石が確認できました。
この腫れ上がった胆嚢に脇腹から針を刺し溜まった胆汁とか膿を吸い取ります。
そして入院から4日目の12日昼前、胆嚢切除の本手術を受ける事になりました。
全身麻酔は恐ろしいもので麻酔科の医者が「だんだん眠く……」最後まで言葉を聞くことも無く私は眠ってしまったようです。
遠くの方で「終わったよ~!」…なんとなくそんな声が聞こえたような?
そして身体をゆすられ、一瞬目が覚めたような感じでした。
また意識は遠のき深い眠りに・・・
どの位時間が経ったのでしょうか?
「大丈夫?もう終わったからね」Qの呼びかけに
私は心の中で「大丈夫なわけ無いだろう!」
だんだん意識もハッキリしてくるのと平行して再び激痛が襲ってきます。
無くても良い臓器(盲腸と同じ)とはいえ内臓を切除したのですから痛くないわけがありません。
術後のお腹からはまだ太い管が2本と細い管が1本出ています。
今は縫合も糸を使わずホッチキスのような金具を使うそうです。
太い管が1本取れました。
クシャミや咳など腹筋に力が加わるととても痛いのですが日にちが経つにしたがってその痛みも和らいできました。
入院当初は39度近かった体温も37度前後まで下がってきましたが問題はベッドから離れなくてはならないトイレです。
点滴だけで食事をほとんどして無い私は小用だけなんですがこれが以外と大変です。
私みたいな身障者を病院ではハイリスク患者と言いベットからはなれるときは必ず看護師が付き添います。それがトイレであろうと何処であろうと…
人間って恐ろしいもので若い娘がトイレの中にまで入ってきて私を後ろから支えていてもできるようになるんですね。慣れてきたのかナァ?
病院では毎日新たな入院患者来ます。入院してくる人がいると言う事は退院する人も同じ数だけいると言う事。
私の希望で3食、パン食にしてもらいました。
退院が近づいた日の朝、病院の窓からは富士山が綺麗に見えました。
手前に見えている町は川越の町です 。
私は11月20日(土) 午前 退院しました。
下の写真は今回私を苦しめた胆石です。
執刀医もこれだけ大きく、数も5個と多いのは過去の症例でも数回あったかどうかと驚いていました。
私の左指と比較してください。こんな石が私の胆嚢の出口を塞いでいたのです。
退院後の体力の低下は著しく回復力もあまりありません。
何をやってもすぐに疲れてしまいます。
糖尿病・脳梗塞・脳内出血・胆のう摘出の手術・・・そして私は身体障害者。
さて、この先どうしたものか?






